西洋インテリアに見る木質化の歴史 | 国産木材を活かす繋げる|MOCTION(モクション)

西洋インテリアに見る木質化の歴史

隈館長友人の皆さまによる寄稿コラム

加藤耕一(かとう こういち)

東京大学 大学院工学系研究科 建築学専攻 教授

1973年東京生まれ。西洋建築史・近代建築史・建築理論。1995年東京大学工学部建築学科卒業、2001年同大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。2002年東京理科大学理工学部助手、2004年パリ第IV大学(パリ=ソルボンヌ)客員研究員、2009年近畿大学工学部講師、2011年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授を経て、2018年より現職。

主要著書
『建築のラグジュアリー 物質と構築がつむぐ建築史』(東京大学出版会、2025年)、『新建築 建築100年』(Part 1・2、坂牛卓・権藤智之・長谷川香らと監修、新建築社、2025年)、『時がつくる建築 リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017年)、『ゴシック様式成立史論』(中央公論美術出版、2012年)、『「幽霊屋敷」の文化史』(講談社、2009年)など。

受賞歴
サントリー学芸賞(芸術・文学: 2017年)、日本建築学会賞(論文: 2018年、業績: 2023年)、建築史学会賞(2018年)など。

ファブリックとインテリア

 最近、『建築のラグジュアリー 物質と構築がつむぐ建築史』(東京大学出版会、2025年12月)という本を出版した。本書の意図は、人びとが愛着をもって建築を長く使い続けることの価値を「ラグジュアリー」と捉え、再評価しようというものであった。

2025年12月 東京大学出版会

 本書で注目した観点のひとつが、建築のインテリアである。インテリアは、建築を使う人が直接手を触れる場所にあり、人と建築の距離を縮めてくれる存在である。本書ではとくに産業革命後、19世紀のヨーロッパで大きな発展を遂げた、布地に包み込まれたインテリアに着目した。モダニズムの時代に、「装飾と犯罪」(1908年)という挑発的なエッセイを書いたことで有名なウィーンの建築家アドルフ・ロースは、「被覆の原則」(1898年)というエッセイのなかでつぎのように記している。

アドルフ・ロース(Wikimedia Commons)

ところで建築家に与えられた課題とは、言ってみれば暖かな、居心地のよい空間をつくり出すことである。そうだとして、この暖かく居心地のよいものとなると、絨毯である。だから建築家は絨毯を床に敷き、また四枚の絨毯を四周に吊す。そしてこれが四周の壁となるわけである。しかしながら絨毯だけでは、とても一軒の家をつくることは出来ない。床に敷く絨毯にしても壁に掛ける絨毯にしても、そうした目的のためには構造的骨組みが必要となる。だからそうした骨組みを工夫するということは、建築家に与えられた第二の課題となる。

※引用(アドルフ・ロース「被覆の原則について」『装飾と犯罪(新装普及版)』伊藤哲夫訳、中央公論美術出版社、2011年 所収)

 ロースがこのエッセイを書いたのは19世紀終わりのことである。産業革命が可能にした布地の大量生産によって、19世紀ヨーロッパのインテリアは激変した。裕福な市民層の住宅では、色とりどりで質感豊かなファブリックが溢れかえった。壁は布地や壁紙で包まれ、カーテン、カーペット、ベッドカバーやシーツ、布地のクッションで包まれたソファや椅子などが、室内を柔らかく彩っていったのである。

 アドルフ・ロースが指摘した、絨毯で包み込まれた「暖かな、居心地のよい空間」は、伝統的には王侯貴族の屋敷で見られたものだったが、産業革命によって市民の暮らしへと拡がっていった。それはまさに、19世紀のインテリア空間の革新だったのである。

Albert Chevallier Tayler, The Quiet Hour, 1913(Wikimedia Commons)
ゴシック大聖堂で調査する筆者(フランス、オーセール大聖堂にて)

 ヨーロッパのインテリアがファブリックで包み込まれた理由のひとつは、石造建築の冷たさと湿気にあった。冬場の石の壁は、本当に冷たい。筆者の研究テーマのひとつに、フランスのゴシック建築研究があるのだが、冬場にゴシック大聖堂のなかで調査をしていると、刻一刻と体温が奪われていくのを感じる。ゴシック建築は壁や柱ばかりでなく、床も石材で作られることが多いため、ほとんど逃げ場がないのである。

 それに比べれば、住宅の場合には木の床が多いので、多少はマシということになる。それでもロースが言うように、床に絨毯を敷けば、さらに暖かく、居心地はよくなるだろう。問題は石造建築の壁際であり、ただでさえ冷たい石の壁の冷輻射によって体温を奪われるのに、隙間風などあれば、寒さはもっと厳しくなる。石の壁を布地や壁紙で包み込むインテリアデザインの背景には、熱の輻射を抑えて寒さを防ぐという、実際的な理由もあったわけである。

 歴史を遡ってみれば、ヨーロッパの中世は壁に掛けるタペストリーの文化が大きく花開いた時代であった。貴族の屋敷においてタペストリーは、快適さを生み出す実用性ばかりでなく、富と栄光を示すシンボルとしても重要だった。王や貴族は、しばしは城から城へと移動する際に、タペストリーを持参したというから、布地は移動可能という点でも重要だったことがわかる。

クリュニー中世美術館所蔵のタペストリー《貴婦人と一角獣》。1500年前後に制作されたものと考えられ、ブーサック城に伝わっていたものが、19世紀半ばにプロスペル・メリメによって見いだされた。

木質のインテリア史

 インテリア史のなかで、16世紀頃から上流階級の屋敷で重要性を増していったのが木の羽目板を用いた室内空間だった。英国では特に、16世紀半ばから17世紀前半の、チューダー朝時代、エリザベス1世時代、ジャコビアン時代の頃から、「木質」のインテリア空間が大きく発展していった。羽目板や鏡板と訳されるパネリング(panelling)の技法によって、オーク材をはじめとする木材の美しく装飾された壁面装飾が、部屋を包み込むことになったのである。

フォンテーヌブロー宮殿「フランソワ1世のギャラリー」

 フランスでも同じ頃、英国での流行に少しばかり先駆けて、羽目板で装飾された室内空間がつくられた。16世紀前半、フランソワ1世は中世の城塞の構造を再利用し、これに増築するかたちでフォンテーヌブロー宮殿を整備した。このときつくられた「フランソワ1世のギャラリー」では、美しい腰壁の羽目板とフレスコ画からなる壁面に、無数のストゥッコ装飾を散りばめた素晴らしいインテリア空間を見ることができる。

 フォンテーヌブローの羽目板装飾は、当初はオーク材で計画されていたが、ウォルナットへと変更されて実現された。腰壁の羽目板装飾は、イタリアから招かれた木彫の芸術家フランチェスコ・シベック・ド・カルピが担当した。おそらく寄せ木細工の床や、木張りの天井装飾も、彼の仕事であろう。

 フォンテーヌブロー宮殿は、フランスにおけるルネサンスの幕開けを告げる重要な建築である。だが、この大ギャラリーの建築構造を担当したのはフランスの石工親方ジル・ル・ブルトンであり、彼はこうした職業が「建築家」と呼ばれるようになる以前の、中世的な専門家であった。だが彼こそが、中世の城塞の構造躯体を再利用しながら、そこからまっすぐに伸びる大ギャラリーをつくりあげたのである。

 では、ルネサンスはどこに見られるかといえば、まさにこのインテリアデザインに凝縮されている。木彫の芸術家であるシベック・ド・カルピに加え、ギャラリー全体の装飾プログラムを担当したのは、同じくイタリアから招かれた芸術家ロッソ・フィオレンティーノとフランチェスコ・プリマティッチョである。フランスにおけるルネサンス空間の幕開けともいうべきフォンテーヌブロー宮殿の本質は、イタリアのアーティストたちがもたらした、このインテリア空間にあった。そして、そこでは中世的なタペストリーに包まれた空間ではなく、木質の空間が花開いたという点が、じつに興味深い点だと思うのである。

ロッソ・フィオレンティーノ(Wikimedia Commons)
フランス国務院(コンセイユ・デタ)の「訴訟の間」(1875年)。美しい木製の家具と腰壁、華やかな壁紙の対比が際立つ。

 歴史を遡れば、室内の壁を布地や木材で覆うやり方は、古代以来、世界各地で存在していたはずである。中世にはタペストリーが大きな発展を遂げ、ルネサンスになるとパネリングの技法によって固定的なデザインが発展して定着していったのだ。21世紀の建築界でますます重視される「木質化」を、歴史のなかで捉え直す上では、このようなインテリア史の理解が重要であろう。インテリアの木質化は、ルネサンス以降、バロックやロココのなかで大きく展開していったし、19世紀のヴィクトリア朝の英国でも、上層の市民社会のインテリアとしてさらに発展を遂げていった。羽目板と布地が室内空間を分担しながら、さらに洗練されていったのである。だがそうした歴史は、モダニズム以降になると、忘れ去られていった。

 布地は交換が比較的容易であることから、大規模な模様替えや改修の際には、空間の印象を簡単かつ大胆に変えることができた。つまり建築を長期に使い続ける上では、布地は交換が前提のマテリアルだったと言える。それに比べると、木質の室内装飾は、交換は不可能ではないが、それほど容易でもない。こちらはある程度長く使い続けるマテリアルということになるだろう。木質仕上げは中期の時間軸、躯体は長期の時間軸のなかを生きていたのである。だが、ときに屋敷の建て替えが起こると、その際に壮麗な木質装飾が丁寧に解体され、次の屋敷で再利用されることもあった。すなわち木質インテリアと構造躯体の寿命が逆転し、さながら現代のサーキュラー・エコノミーのようなことが起こることもあったわけである。

 そんなふうに建築とインテリアの歴史を見ていくと、現代建築における「木質化」という現象には、さらなる可能性が見えてくるだろうと思うのだ。

ロイズ・ビルディング、ロイズ評議会の役員会議室(Wikimedia Commonsより左右をトリミング)。ロバート・アダムが1763年頃に設計したボーウッド・ハウスのダイニングルームから2度の移築を経て、リチャード・ロジャース設計のロイズ・オブ・ロンドンの11階に挿入された。