くまの輪の新企画、建物探訪レポートがスタート!第1回目の今回は、隈館長の最新作品のひとつ、アロマテラピーの情報発信拠点「AEAJグリーンテラス」から。
木の建築というと定番は“住宅”になりますが、最近は街なかの商業施設などでも木の建物が増えています。とはいえ都会の建物といえば鉄骨造や鉄骨鉄筋コンクリート造が多く、それに慣れてしまった私たちにとっては馴染みが薄いのも事実です。
そこで新コーナー「木のたてものがたり」では、隈研吾建築都市設計事務所の全面協力を得て、東京都内にある隈研吾建築都市設計事務所が携わった“木の建物” をご紹介し、木の建築の面白さや魅力をお伝えしていこうと思います。
第1回目は2023年2月1日にオープンしたAEAJグリーンテラス。公益社団法人 日本アロマ環境協会(AEAJ)がアロマテラピーの情報発信拠点として所有する施設です。
解説は隈研吾建築都市設計事務所に在籍経験のある建築家の川西敦史さんです。
動画とテキストで隈館長が携わった木の建築をお楽しみください。
都会の真ん中に森をつくる
― 隈館長は「都会の中に森をつくる」とコンセプトを立てられました。どのように解釈されますか?
川西敦史さん(以下川西) 建築物単体だけではなくて、明治神宮のそばに建っていること自体が森だと思います。森に包まれている環境との親和性。たとえば代々木公園や明治神宮の森がみえるコリドー(※エントランスまでの小径)の抜けやテラスの眺望など、建築物の敷地配置において街に対する透過性が考えられています。建物自体も森の中にいるように木組みから光が漏れる仕掛けがあります。街に対する建ち方と建物の構成を合わせて森が表現されているんです。
光の反射を抑える配置
― 普通は日照を得るために南側にセットバックをつくるものですが、AEAJグリーンテラスは北側に空間を設けています。
川西 建物を敢えて南側に寄せて東西の抜けを北側につくっています。これは直射光を入りにくくするためでしょう。ガラスって思っているほど透明じゃないんです。反射してまわりが映り込んでしまうんですよね。木組みをガラスでパッケージしているので、建物の正面性を北側にすることで反射を抑えて透過性を担保し、木組みがより現れて見えるようにしているのでしょう。
木組みを収める技術
― 技術的に関心を持たれた箇所はありますか?
川西 2階の床と1階の天井のあいだのスパンドレルを木組みによって透かしているので2階の床の厚みが感じられない。木組みがうまく空間を内包しています。とくに間口が斜めになったガラスウォールの際まで木組みを収めたのは特筆する技術といえるでしょう。中からも外からも違和感なく木組みの合わさったイメージが表現されています。
徹底して使われている木
― 環境に配慮した空間づくりとして、構造躯体に使用する国産木材は95.5㎥、炭素固定量は約75トンに上ります。
川西 一言でいえば徹底して木が使われていますね。木組みのヒノキ、壁や階段はカラマツのLVL、高価ながら硬いクリのフローリング。和紙の壁も印象的です。この規模の建物としては多くの国産木材が使われています。施主である日本アロマ環境協会は自然の香りのある豊かな環境を「アロマ環境」と名づけて環境意識の普及にも取り組まれているので、こうした施主の特徴も汲み取られているのでしょう。
「塊を融解する」建築思想 アンチオブジェクト
― 隈館長はなぜ木組みを用いたのでしょうか?
川西 隈さんは「負ける建築」を掲げる以前から「アンチオブジェクト」という建物が発する存在感や物質性を批判してきました。空間と空間を隔てる壁とは何なのか。壁で隔てることにどんな意味があるのか。どんな役割を持たせているか。隈さんはその点を深く探求されています。例としては馬頭広重美術館などが有名ですね。
言ってしまえば木組みは非効率なものですが、壁や天井に敢えて用いることで、これらに備わっている空間を遮断する物質性を融解して空間をつなぐ透過性のあるものに変質させているのです。
空間のつながりと透過性
― なるほど。木組みにすることで壁や天井の存在意義があいまいになっていますね。
川西 ガラスウォールで覆われた木組みは外観を特徴づけるものですが、一方で建物内部にとっては外とのつながりを持たせ、隔てつつも奥行きを感じさせる透過性があります。この透過性を木の幹と幹が連続する森と見立てて表現しているのかもしれませんね。
木を使うなら柔軟な考え方を
― 現在起きている木の建築のムーブメントについてどのように思われていますか?
川西 世の中的には「木を使うこと」自体が独り歩きしている感が拭えません。
隈さんにとって建築をつくりだしているのは、構造体でもないし、仕上材でもない。建築は空間を構成する要素なんです。そこに木がアプローチできるのであればどんな表現方法でもいい。頑張らない、無理しない。いや実際に無理はしているんですけど(笑)、主体としては無理していないんです。
今回のAEAJグリーンテラスのように構造のコアを鉄骨造にしつつ空間は木組みで構成するような柔軟な考え方が増えれば、木の建築はもっと自由な存在となって世の中に広まっていくでしょう。
学生たちは木の建築に関心を持っている
川西 木の建築がやがては無理のない自然に生まれるものであったらいいなと思います。
教育の現場では、学生たちから「木の建築やってみたい」という声が多く聞かれます。私が学生だった頃とは隔世の感がありますね。私が教えている岡山大学では木材生産の多い土地柄から木質構造というものを建築学教育の柱にしているんですけども、こうした柔軟な木の建築の可能性も学んでいってほしいです。
ナビゲーター・川西敦史
建築家・岡山大学准教授。1978年東京都生まれ。
2005年京都大学大学院工学研究科修了後、隈研吾建築都市設計事務所勤務。
2018年川西敦史建築設計事務所を設立。
2022年株式会社川西敦史建築設計事務所代表、岡山大学准教授。
海外からも注目されるスポットに
当初は日本アロマ環境協会の会員の利用が多いと思われていたAEAJグリーンテラスですが、現在は7割が一般の来訪者になっているそうです。香りに興味のある方だけでなく建物に興味のある方の来訪も多く、建築ツアーの盛んな海外では日本の建物スポットとしても記事で紹介されています。
木の香りに包まれた空間で、約300種類の精油やAEAJオリジナルボタニカルティーなどさまざまな香りを楽しめるなんて素敵ですね。
※訪問は要予約