
林業の6次産業化
林業者を取り巻く経営状況は依然として厳しいです。既存の林業の在り方を見直し、DX化などによる効率化や、1本の木の商品価値を上げて高収益化を図った「稼げる林業」が注目されています。
その方策の一つとして「6次産業化」があります。6次産業化とは、1次産業者が加工や販売まで担い、付加価値を高めて収益の増加と地域の活性化を図る取り組みです。農水分野では「6次産業化・地産地消法」などによる国の後押しやご当地ブームを背景に浸透していますが、林業は消費者に打ち出しづらく、産業構造的に林業家が加工・販売まで関わりにくい現状があります。
それでも地域の風土を活かした“林業版6次産業化”は各地で増えています。現在、6次化の範囲や事業内訳は地域によって十人十色といったところです。MOCTIONは林業者の皆さんに少しでも参考にしていただきたく、各所の事業化例を掘り下げて発信していきます。

登米町森林組合とは
第1回目に紹介する事業者は、宮城県登米(とめ)市にある登米町(とよままち)森林組合です。
登米市は北上高地の山林と北上川の水運を活かした木材の集散地として、江戸時代から林業や製材・木材加工業が発展してきました。
登米町森林組合は、森林整備事業に加え、木材加工や木材販売といった“6次産業化”による事業収益が高い点が特徴です。ほかにも森林公園(キャンプ場・森林セラピー)の運営など、多角的な経営を展開しています。


6次産業化の柱となっているのは、県内の建築案件に積極的にアプローチし、木材や建材、什器・家具の製造・販売まで手がける、木材商社さながらのサプライチェーンです。
それを可能にしているのは建築や空間デザインを学び経験している人材を配置していることです。登米町森林組合の會津浩幸課長もその一人で、インタビュー中も、設計会社や家具メーカー、商社から多くの問い合わせが寄せられていました。
「私たちが木材商社と違うのは、地域に仕事を回し、山へ還すことを念頭に置いている点です。原木の伐採だけでは赤字で、補助金が出てようやくゼロ。乾燥や防腐加工、プレカットまで仕上げて黒字化しています。とはいえ加工作業の多くは地元業者さんへ賃加工を依頼しています。ここは北上地域の強みですね。
森林組合が加工収益化を目指したのは30年近く前なのでプレカット機械は古くなってしまい、今となっては加工したところで品質も生産性も叶いません」と會津さんは苦笑いします。

登米材のブランド化

丸太販売の赤字を補填する必要から生まれた木材サプライチェーン。このビジネスモデルを確立したことが、「登米材」のブランド化につながりました。
森林組合が通常行う丸太販売は、下請け的な役割にとどまります。そのため、丸太を買い付ける商社や、建築に使用する事業主・設計会社の手に渡る頃には、「登米材」という名前が残らず、森林の維持管理や木材の品質を高めても、他の地域のスギと同等に扱われてしまいます。
登米町森林組合は、自分たちの木材サプライチェーンの社会的意義を示すために、まず2016年に国際認証制度であるFSC森林認証の「森林管理(FM認証)」を取得しました。翌年には「加工流通過程の管理(CoC認証)」も取得し、「信頼性」「品質と加工対応力」「環境・地域貢献」といったブランドストーリーを構築することができました。

會津さんは「近年の公共案件や大企業案件では環境配慮やサステナビリティが重視されます。たとえば“県産材◯%以上使用”といった条件ですね。FSC森林認証を得たことで、設計会社やメーカー・商社に自信を持って営業できますし、顧客が増えることで選ばれる存在にもなりました」と、ブランド化の手応えを感じています。

震災復興。森林組合と県森林行政の連携
「木材サプライチェーン自体は、私の入社以前に先見の明のある先輩方が作ったもの。でも、私が入社した2010年当時はサプライチェーンで儲ける仕組みが機能せず、業績不振のために木材加工事業の閉鎖が検討されていた」と會津さんは振り返ります。
そして2011年3月11日、東日本大震災が発生します。東北地方の太平洋沿岸は壊滅的な被害を受け、登米市や隣接する石巻市、南三陸町でも多くの住民が住まいを失いました。



登米町森林組合が取りまとめる宮城県内の住宅建設関係者(以下、登米復興住宅チーム)は、宮城県登米地域事務所に対し、復興住宅(応急仮設住宅と災害公営住宅)の建設に関われないか打診しました。地域では住まいだけでなく仕事を失った人も多く、地元に仕事を生み出す必要があったからです。
当時、被災者の住宅支援を担っていた国の機関は、応急仮設住宅を既存のプレハブ建設、災害公営住宅をコンクリート造の団地建設で計画していました。その事業の枠組みの一部(16,000戸のうち300戸)に、宮城県と登米復興住宅チームが木造によって参画する計画を立案しました。これは登米町森林組合と関係者が、木材生産から、加工、流通、設計、工事まで請け負えるサプライチェーンを構築しているため可能なプランでした。
宮城県登米地域事務所の担当者が当時のことを話してくれました。
「国の機関としては迅速な被災者支援が最優先です。当初は地元からの木造計画の提案に戸惑いがあったかもしれません。しかし、我々や登米復興住宅チームは、現地の森林組合が木材を生産して加工し、地元工務店が住宅を建設するなら、工期が遅れることはないし、予算内で建設できると確信していました」と語ります。
国の機関は、さまざまな課題を登米復興住宅チームに投げかけて検証した結果、提案の公益性を認めて復興住宅の木造建設計画を了承しました。
前年まで事業閉鎖を検討していた登米町森林組合の木材サプライチェーンはフル稼働していきます。復興への想いを一つにした地元の製材業者や工務店と連携することで、登米市と南三陸町の復興住宅は、木のぬくもりある木造で建設され、被災者の早期入居と生活向上に貢献しました。
登米町森林組合と宮城県が実証した“地域林業による復興住宅供給の仕組み”は、その後、県内の名取市等でも採用されます。さらに熊本地震や能登地震の際に、登米町森林組合から被災地へノウハウが提供され、活用されています。
この復興住宅事業の完遂をきっかけに、登米町森林組合の木材サプライチェーンは、県内の公共案件を中心に地域材利用を推進することになりました。



「宮城県内の森林を良くするためには、木を伐って使い、使ったら植える。森林資源の循環利用を促進することが重要です。これからも販路開拓や商品開発、木材サプライチェーンの構築に取り組む登米町森林組合を支援して行きます」と、宮城県登米地域事務所の担当者は熱く語りました。(後編へ続く)
