
広葉樹の利用
「登米の里山に入ると、豊かな広葉樹林が広がっています。広葉樹の魅力は、何といっても樹種ごとの個性です。広葉樹は建築の仕上材から家具まで用途が幅広い。6次産業化した木材サプライチェーンを持っている私たちなら、伐採から製材までのコストを抑えることができます。私自身、学生の頃から広葉樹に大きな可能性を感じていました」と、登米町森林組合の會津浩幸課長は語ります。
一般に広葉樹は、針葉樹に比べて用材価格が高く、木材チップ用も含め丸太の販路が確保しやすいとされます。伐採後は自然の萌芽更新で再生するため、育苗や植樹といった手間や費用もかかりません。加えて近年は外国産材の高騰や国内醸造用樽などの需要が高まったことで、各種メーカーや商社は丸太の確保に動いている状況です。


しかし課題もあります。広葉樹はまっすぐ育たないため用材の歩留まりが悪く、また高性能林業機械が使えないので、伐採はチェーンソーを使った手作業となります。製材においても、曲がりやクセが木によって異なるため、熟練した作業者が木取りを判断する必要があります。また乾燥も針葉樹よりていねいに扱わなければなりません。用材としては高値で売れますが、そこまでの工程においてコスト負担が大きいのです。
「広葉樹が生えているのは山の高いところ。麓の伐り出しやすい場所は、ほとんどがスギの人工林です。搬出コストや安全面も考慮すると、広葉樹の利用は皆さんが思っているよりハードルが高い」と、登米市内の津山町森林組合の高島保博さんは登米地域山林の構造的な問題を指摘しました。

地域の広葉樹を使った学童机

こうした理由から、登米町森林組合では長らく広葉樹の伐採を行っていませんでしたが、意外なきっかけによって再開されることになります。
「東日本大震災に伴う放射能問題で樹皮が汚染されてしまい、コナラがしいたけ原木として使えなくなったんです。以前から問題となっていたナラ枯れの対策も含めて、一度まとまった量を伐採して広葉樹林を更新することになりました」と會津さん。宮城県と登米町森林組合は、伐採するコナラの用途を検討していたところ、2014年に登米市内の小中学校で学童机の更新時期が来ていることを突き止めました。
ナラ材は明るく温かみがあります。針葉樹に比べて硬質で傷もつきにくい。天板をJIS規格のスチール製机フレームのサイズに統一すれば、次回更新時は天板の交換だけで済むので、学童机のライフサイクルコストを削減できます。地元の木材を使用すれば郷土学習にもつながります。登米町森林組合は登米市教育委員会との協議を経て、入札仕様に登米産ナラ材を盛り込むことができました。


「コナラの乾燥は難しいのですが、組合には災害復興住宅でも使った太陽熱木材乾燥庫が稼働していて、これがコナラの乾燥に向いていました。この施設を使って天板6,400枚の納期に間に合わせることができました」と會津さん。
太陽熱の乾燥庫を利用して納期を間に合わせた経緯は、その後、登米地域を舞台にしたNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021)で取り上げられます。主人公・百音がビニールハウスからヒントを得て、乾燥工程を短縮するエピソードの元になりました。
kitakami の誕生

学童机の成功によって、組合内で広葉樹活用の意識が高まります。「広葉樹を扱うなら家具まで手がける」のが會津さんの目標でした。
しかし家具づくりは想像以上に難しいものでした。
「想いを込めて試作品を作っても、なかなか評価されませんでした。多くの方に教えを乞うと、私たちがプロダクトアウト(作りたいものをつくる発想)に偏っていて、消費者のニーズや時代背景を意識したマーケットイン(売れるものをつくる発想)の視点が足りなかった」と會津さんは苦笑します。
転機は東京都主催のWOODコレクション(モクコレ)で起きた出会いでした。宮城県ブースに出展していた登米町森林組合に、当時大手家具メーカーに勤務していた家具プロデューサーの鹿野勝則さん(現アンダイ合同会社代表)が訪れたのです。
「鹿野さんには徹底的にダメ出しされました(笑)。でも全部が理にかなっていた」と、會津さんは家具づくりの本質をプロから学べたことが大きかったと振り返ります。


その後、鹿野さんは家族の事情によりメーカーを退職して故郷の宮城に戻ると、登米町森林組合と共同で家具をプロデュースすることになりました。「国産木材を使おうという機運が高まっていたので、森林組合の家具づくりはいけるかもしれない」と鹿野さんは感じたそうです。
家具製造には曲げ木など技術力に定評がある秋田木工が参加。肝心のデザインは、著名な家具デザイナーの小泉誠氏を招聘しました。
「まさか学生時代に読んだ教科書の著者と仕事ができるなんて思いませんでした(笑)。小泉さんからは『家具をやるなら少なくとも5年は辛抱しなさい』と初めに言われました」と會津さんは結成当時を思い返します。


登米町森林組合と鹿野さんを中心としたチームは数年の試行錯誤を経て、2022年に家具ブランド「kitakami」を世に生み出しました。森林組合が家具ブランドを立ち上げたというニュースは、林業界に衝撃を与えました。
MOCTIONショールームではkitakamiを象徴する曲木椅子を常設展示しています。
3年目の現在、kitakamiの事業は一進一退とのこと。当初から想定していたことですが、家具は消費者に認知され、売れるまでに時間がかかります。
「最近は売れる商品と売れない商品の差が出てきました。こうしたデータをフィードバックして活かし、早く小泉さんに恩返ししたい」と會津さん。
kitakamiの経験は公共施設向けの業務用家具の納品などで、プラスの効果が働いているそうです。
「kitakamiをやっているから、設計事務所や公共物件の相談が増えました。デザインや技術力を信用してもらえているのでしょう」と會津さんは派生効果に手応えを感じていました。

広葉樹のこれからの課題

学童机の製造販売と家具ブランド「kitakami」の立ち上げ。さらに国産広葉樹市場の高い需要もあって、広葉樹サプライチェーンは登米町森林組合の売上の柱の一つになりました。
「外国産材の高騰で国内広葉樹の価格も上がっています。県産材指定の必要がない販路については、隣の岩手県から広葉樹を仕入れて加工品を製造しています。しかし……」と會津さんは表情を曇らせます。
2025年から登米町森林組合では広葉樹の伐採を中断しました。
「最大の理由は、広葉樹向け補助事業が減額され、スギより儲からなくなったこと。年間伐採計画から外されました」と會津さん。現在、登米産の広葉樹は在庫のみとなりますが、2026年から組合の年間事業計画に組み込み、伐採を含む広葉樹事業計画を進める予定になっています。
會津さんは続けます。
「私たちは6次産業化によって川下のニーズを掘り起こして売上をつくってきました。今後、広葉樹に関しては、川上を掘り起こしていく必要があるかもしれません」と會津さんは、北上川の上流となる隣りの岩手県にも働きかけて、流域的に広葉樹サプライチェーンを構築することを視野に入れています。これは林業の6次産業化が、補助金制度や供給体制といった外部環境の変化にも、柔軟に対応可能なビジネスモデルだからです。
登米町森林組合の挑戦はこれからも続きます。



登米町森林組合の6次産業化のポイント
木材サプライチェーン 建築系に詳しい人材を組合で採用し川下のニーズを拾い起こす。製造においては大きな設備投資をせず地域の木材加工業者へ賃加工を依頼。
FSC認証による登米材のブランド化 第三者機関のチェックを受けるFSC認証を取得することで、森林整備や木材流通過程で信用力アップ。「登米材」のブランドストーリーづくりに寄与。
宮城県森林行政との連携 公共案件に対して地域材利用を促進。
広葉樹利用 近年高まりつつある広葉樹の木材販売を事業化。助成金頼りの点など課題は残る。
家具プロデューサーや著名デザイナーとの協業 家具ブランド「kitakami」をプロデュース。ものづくりの信用を得る。
