木のある風景(後編) | 国産木材を活かす繋げる|MOCTION(モクション)

木のある風景(後編)

隈館長友人の皆さまによる寄稿コラム

進士 五十八(しんじいそや)
1969年東京農業大学農学部造園学科卒。農学博士、造園家、東京農業大学名誉教授・元学長。福井県立大学名誉教授・前学長。日本造園学会長、日本都市計画学会長。日本農学賞・読売農学賞、内閣みどりの学術賞、紫綬褒章。

主要著書:
日本の庭園(中公新書)/日本庭園の特質-様式・空間・景観(東京農大出版会)/日比谷公園100年の矜持に学ぶ(鹿島出版会)/緑からの発想-郷土設計論(思考社)/緑のまちづくり学(学芸出版社)/グリーン・エコライフ(小学館)/風景デザイン(学芸出版社)/ルーラル・ランドスケープ・デザインの手法(学芸出版社)/アメニティ・デザインーほんとうの環境づくり(学芸出版社)/進士五十八と22人のランドスケープアーキテクト(マルモ出版)ほか多数。

地方公立大学の挑戦

 つい先頃杉本知事が福井県立大学は2025年4月に新しく「恐竜学部」を開設すると発表した。キャンパスは福井県勝山市の「県立恐竜博物館」に隣接。博物館の恐竜化石標本を共用して研究教育に活用できる世界的研究センターを目指すことに。そのためにもユニークな恐竜学部棟設計プロポーザルを実施し著名建築家5名が応募提案。県は隈研吾氏に依頼し、今春基本設計案を知事に報告了承されたところである 。
 東京農大第10代学長を経験した私は2016年から福井県立大第5代学長に就任。高校生の県外進学過多状況を改革すべく、地元公立大学の専門選択性を高め、県民・学生ファーストの公立大学像を“福井県の持続可能性を支える大学”と定義「県大オープンユニバーシティ宣言」を発出、大学改革に取組んだ。新しい2学科そして前出の、新恐竜学部の創設もそのひとつだ。
 私はランドスケープ・アーキテクトでもあるので大学のみならず、 杉本知事の「100年に一度のチャンス」具体化へ県土の魅力アップへの多面的効果を考えた。
 隈先生基本設計のポイントは、たとえば外観は「地層表現」。内部は「地場産木材による恐竜骨格表現」で、この2つが私がお話したい今回のテーマである。 

福井県立恐竜博物館の2023年夏オープン予定のリニューアル(設計:黒川紀章建築都市設計事務所)のパース中央奥に館・学一体で運用される新学部棟を配置(設計:隈研吾建築都市設計事務所)
福井県立大学新恐竜学部棟、地層表現の外観(設計:隈研吾建築都市設計事務所)
福井県立大学新恐竜学部棟、福井県産木材による恐竜骨格表現の内部(設計:隈研吾建築都市設計事務所)

地味にすごい! 福井
福井県の時間・歴史の凄さ

 第1、なぜ「恐竜王国・福井」といわれるのか。恐竜の生きた時代、1億数千万から6千万年前のジュラ紀、白亜紀前後期などの地層すべてが福井県勝山市(北谷)に揃っているから。
 第2、地場産木材活用史とこれからの郷土景観育景 の話は後で。
 現在福井は県を挙げて、北陸新幹線の県内4駅開業で金沢から2024年3月敦賀(つるが)延伸に向け「地味にすごい!福井」を全国に発信中。開業PRのキャッチコピー「地味」の意味を私は、「時間・歴史の凄さ」だと考えている。
 以上、ほんのちょっと挙げても日本史の時を旅するタイムスケープのお宝満載。ここに福井県の魅力があることは、それぞれにある地場産材木造活用博物館を訪ねてもらえば体感できよう。
 とかく現代は、最先端とか派手なビジュアルばかりが支配するが、ハイスピードと派手さにうんざりしている心ある都会人もいよう。禅の道場を訪ねてスピリチュアルを回復し、落ちついた田園地方の豊かさ・タイム・スケープ、時の風景に深く遊ぶことも考えてよかろうと思う。

エイジング(Aging)の美

 ずいぶん前の造園学会誌に私は「日本庭園におけるAgingの美について」を発表した。日本の美学では茶人・俳人が“わび・さび・しほり”と難解な説明ばかり。学生の造園設計教育には不向き。何んとか合理的で科学的説明をと考えた折、「然(さ)び」は「然(しか)び」が音変したものとの河野(1978)説に出会った。単的な言い方をすれば、人為の植物・植栽や作庭造家も、年数を重ねることにより、自然ソックリになるということ。河野喜雄は「然(さ)びとは、時間的経過によって、そのモノの本質が表面に顕れること」だと指摘している。これを私はエイジングの美、すなわちAging、時を刻むことによる美と定義したのだ。たとえば花崗岩中の成分鉄が、永い年月で表面に出、酸化鉄が赤銹び黒銹びを発色。鞍馬石のサビ味がこれ。また若松の形はシンメトリーの美だが、老松は風雨にもまれ大地にふんばるバランスの美に。神籬(ひもろぎ)・ご神木の杉や影向(ようごう)の松には神が降りるよう樹霊を感じられるほど枝張り、根張りに力がある。庭石も風化し苔むし天然の巌のように大地に馴じむ、そのAgingの美を「庭さび」という。

福井県小浜市 若狭姫神社の神籬(杉の老大木)と筆者

高温多湿の風土がつくった日本のわび・さび

腐朽世界風土としての日本(大江新太郎、建築雑誌1934.5を進士調整)

 日本文化が、なぜ時間美か。それは高温多湿のアジアモンスーン気候の下、日本人は自然と共生して生きてきたからである。かつて蔵や倉庫研究の建築家大江新太郎は、日本風土は年中、「腐朽の季節」か「黴(かび)の季節」にあると数字を示して いる。温度・湿度の両方が高いとすべては腐るし、いずれかが高いと黴(か)びると。欧州の乾燥冷涼気候下とはちがった環境共生の仕方が、しっとりとした日本文化として成熟したのだ。日本の独自性は、近代建築の普及によって高層ビルの大都会から消滅。建築学会シンポでも服部岑生氏らが「和室」の無形文化遺産化を議論するまでに。ただ、和室専門にとどめず国土の環境や日本的景観にまで言及してほしい。

 観光立国日本の秋の紅葉の美しさは、日本列島の変化に富んだ地形や日照・気象が、植物多様性を高め、多種多様な緑黄紅落葉の「モザイク・ランドスケープ」のやさしさをもたらすからだ。戦後拡大造林で杉・桧の針葉樹単一植生に国土を変えてしまったことを反省し、広葉樹落葉林化をすすめようと既に林野庁は方針を示すも、環境問題としての花粉症対策で林業苗の育種事業に矮小化することなく、本格的な林相転換を国土景観的スケールで展開して欲しい。

大本山永平寺門前整備修景事業

大本山永平寺の七堂伽藍は中国からの杭州大工の手になる。永平寺(曹洞宗大本山永平寺提供)
永平寺門前の参道・永平寺川・柏樹関の一体的景観整備(筆者監修)

 造園家として私は地元大学の永平寺門前整備修景事業を応援してきた。永平寺川の修景は、県の土木部の多自然河川化として推め、参道のつけかえ町道は永平寺町の事業、座禅体験希望のインバウンド対応の宿坊柏樹關は、大本山の事業で清水建設。その全体監修が造園家の私。
 私の考えは、小林監院老師の聖俗分離と禅院のグローバルな時代の社会化を前提に、道元禅師の「禅境」のランドスケープを再生すること。七堂伽藍も門前も山と川につつまれ、木々のそよぎも水音も道元禅師は仏の声だとおっしゃる。これぞ禅境というものだと私は考えた。

 800年まえの禅院は中国からの抗州大工集団によって成され、彼らの子孫は永平寺大工の名で全国的に活躍したし、地元越の国の、里山を背景にした家並や村並み、たとえば江波集落・川島集落は日本一美しい木のあるルーラル・ランドスケープ、田園文化景観であって、おそらく彼らの手によるものであったろう。
 私の仮説だが、西湖十景で世界遺産の杭州銘茶「龍井茶(ろんじんちゃ)」のふるさと農家と江波の木組は実に美しく共通していて、技術的DNAはつながっているのではないかと思う。

杭州の龍井茶畑の民家風景
龍井茶畑民家の木組みに似る福井県越前町の江波集落(福井ふるさと百景に選定)

広葉樹林化+落葉樹林化によるルーラル・ランドスケープの夢

鯖江市川島集落。志比大工または永平寺大工は、永平寺のみならず民家建築でも活躍(県文化課認定)

 私の夢は、永平寺大工の後継者を育て、門前のみならず福井県土のルーラル・ランドスケープを地場産木材の活用で強力にすすめる。伐採後は、落・広葉樹林化をすすめ、熊の餌の木の実を山地で自給、熊が里に出な くてすむ。一方、植物多様性の林相に転換することで黄紅葉の色彩豊かな「モザイク・ランドスケープ」が福井県土に再生され、観光客は感動し、市民は濃い杉木立や雪国の灰色の空から解放され、おおらかで明るく活力いっぱいの県民性をとり戻す。シニア世代は孫たちと共に里山里海湖の保全活用ボランティア活動に参加し生涯現役のライフスタイルが定着、長寿日本一への健康福祉施策ともなる。
 豊かなパストラルとふるさと文化の福井県土は決して夢ではない。幸福度日本一福井県は、UIJターン、新規就農、子育て移住の笑顔が現実化し、その自信と活力の市民生活風景に出会える。それはビジター、観光客にとって最大のもてなし、誘客力になろう。