木のたてものがたり第3回目は国際基督教大学のトロイヤー記念アーツ・サイエンス館です。
国際基督教大学(以下、ICU)において木の施設は体育館に続き2棟目。日本の大学にはない緑の多い広大なキャンパスに、木のたてものが増えていくのは見ごたえのある景観です。
トロイヤー記念アーツ・サイエンス館(以下、T館)文理融合を目指した、新しいタイプの教育研究棟です。文理の学生、教員の交流を促すために、既存キャンパスをつなぐ「ガレリア」やヒューマンスケールを持つ「クアドラングル」が設けられ、木を用いたコミュニケーション空間のデザインが特徴になっています。
今回のナビゲーターは東京都初の公立中学校の民間人校長に抜擢され、その後、奈良市立一条高校の校長を歴任した、教育改革実践家の藤原和博(ふじはら・かずひろ)先生です。
藤原先生には本編の動画でT館をじっくりご案内頂きました。
こちらのインタビュー記事では、教育施設と木のたてものの背景や実践例、目指すべき方向性を中心にお話を伺っていきます。
学び舎づくりに建築家が加わる意義
― 公立の中学校と高校の校長を経験された藤原先生にお聞きします。現在、日本の学校施設はどのような状況なのでしょうか?
藤原和博先生(以下、藤原) 全国には小学校が約2万校、中学校は1万校、高校は約5千校あります。この中の少なくない校舎や体育館で、建て替えが必要とされています。また少子化で学校を統合する際に新しい校舎を建てる機会があります。
こうした建て替えのチャンスがあるにも関わらず、依然として旧態然の「標準設計」のコンクリート校舎が、僕は「豆腐」と呼んでいますが、残念ながら存続しています。
豆腐のような校舎の中で授業をやっても、子どもたちへの刺激は正直言って少ない。せっかく新築や改築する機会があるのだから、※木を活用した学校施設づくりを建築家とやって欲しい。隈研吾のような世界的な建築家じゃなくてもいいんです。たとえば地元出身の若手建築家にコンペさせるとか。建物が標準ではなく、この世にたった1つのものになることで、愛校精神も養えるんじゃあないでしょうか。予算が難しいならファサードだけの部分改修でもいい。それだけでも生徒へ刺激を与えられる可能性があります。建築家が学校づくりに加わることを広めたいですね。これは一条高校のホールを建てたときの願いでもありました。
⽊を使った学び舎の実践
― 実際に藤原先生は一条高校の校長時代に隈館長と ICHIJO HALL 2020を建てられました。
藤原 一条高校は奈良平城京の裏にあります。コンセプトは現代の平城京に浮かぶ未来への遣唐使船。隈さんはしっかり受け止めてくれた。航海に出る高揚感が感じられる空へ向いた舳先がデザインされています。今回のICUのT館に似てますね。高尾山口駅にも似ている。
木に包まれた明るいホワイエ空間は、全国ベスト8のダンス部をはじめ、部活動の練習スペースを兼ねています。ホワイエやホールの床フローリング材は、吉野杉のお膝元、奈良県宇陀市から寄贈されました。以前の講堂で問題だった耐震基準もクリアできましたし、竣工直後から生徒たちに率先して使ってもらえたのがよかった。
― ICUのT館についてあらためて感想を聞かせてください。
藤原 文系と理系を混ぜる、掛け算する、リベラルアーツとはそういう教育思想です。こうしたコミュニケーション環境に知恵を絞られたのだと思います。それはガレリアやハブセントラルに体現されていましたね。これからの学校建築は教室と教室で分断してそれぞれ授業やればいいというわけじゃない。共用部で相互に刺激し合えることが重要でしょう。これは学生同士だけのことではありません。今、教育は先生から学生・生徒への一方通行ではダメですからね。
今の時代の学びのカタチとは?
ー つまり、「教える」から「教え合う」に変わってきているということでしょうか?
今の時代は小中学校の児童や生徒にだって大人顔負けの専門的知識を持ったマニアやオタクがいます。昔と比べて先生と児童生徒の立場は変化しているんです。画一化を目指すのではなく異なる要素を混ぜる。つなげていく。現代社会を生き抜くのに必要なチカラとして僕が常々言っている「情報編集力」はそうやって養われます。学校は「もの×こと×ひと」の異なる要素を掛け算でつなげていく場所であるべき。今後はこういった考え方が、木という柔軟な素材を使った校舎づくりと合わせて、教育現場に実装されていくでしょう。