佐藤 淳(さとう じゅん)
東京大学准教授/佐藤淳構造設計事務所技術顧問。
1970年 愛知県生まれ滋賀県大津市育ち。1995年 東京大学大学院修了。1995〜1999年 木村俊彦構造設計事務所勤務。2000年 佐藤淳構造設計事務所設立。2010年 東京大学特任准教授。現在、東京大学准教授、スタンフォード大学客員教授。
受賞歴
地域資源活用総合交流促進施設で日本構造デザイン賞受賞(2009)
ヴェネチアビエンナーレで金獅子賞を受賞したUAEパビリオンに協力(2021)
6cmから3mmへ絞ってみる
前編で6cmしか残っていない材で36mに架け渡すまで絞られてきました。いよいよ3mmに絞っていきます。
「プロソミュージアムリサーチセンター」から隈研吾さんとの木組シリーズが始まりました。その第3段の「Sunny Hills in Aoyama」では「地獄組み」を応用したモシャモシャの木組が生まれました。6cm角の材を刻むと3cmしか残っていませんが、少し硬めの※7 E110のヒノキを使い、建物輪郭に形状最適化を施して、3階建てで高さ10mほどある荷重を支えることができました。いずれの計画も10年以上経ちましたが木材が割れたり腐ったりして取り替えるという状況にまだなっていません。防腐剤を含侵させている効果がありながらも、細い材は収縮量も少ないので割れにくく、細くて通気よくさらされている材は濡れても乾くのが早いので腐りにくいようです。
※7 木材のたわみにくさを示すヤング係数の値。E110は一般的に硬いとされるベイマツと同等。
Sunny Hills in Aoyama(2013)
建築家:隈研吾
構造設計:佐藤淳構造設計事務所
透明感ある自由形状の木組が「こもれび」のような空間を生み出します。Sunny Hills in Aoyamaの模様を「2次元スペクトル」で解析してみると「こもれび」というより「紅葉の森」に近いことが分かりました。そういうナチュラルさを持つ空間を生み出せたのだと表現できそうです。
隈研吾さんとの木組シリーズ第5弾に「Carved Towerのパーゴラ」があります。超高層ビルCarved Towerの足元に計画されている高さ15m×全長40mのパーゴラの計画です。木材の位置をさらに自由にモシャモシャにしてみます。波形に並んだ柱を斜材で扇状に紡ぎ「射影写像」によって材の密度を操作します。その上でパラメトリックなスタディにより交点が多くなるよう最適化します。このために考案した交差角もひねり角も自由な相欠きはこんなに入り組んだ刻み方になると判りました。
Carved Tower のパーゴラ
建築家:隈研吾建築都市設計事務所
構造設計:佐藤淳構造設計事務所
この「パーゴラ」は「Carved Tower」が完成してから作られることになります。待ちきれないのでこの木組を使った家具「すすき」を作ってみました。「吉野ヒノキ」を2cm角に製材してもらえました。木目の真っ直ぐ通った材なので、細く製材しても斜めに割けません。足元を決める「波」を描き、上に交点を決める「うねり」を2本描きます。それをコントロールポイントとして縦材を並べ、さらに横材がそれぞれ必ず2点以上で支えられるよう縦材の位置を最適化しました。
自由交叉木組の棚「すすき」(2021)
設計:東京大学佐藤淳研究室
木材加工:八文字雅昭/はち工房
吉野檜調達:中村光恵+藤井さこ/littlemedia、奈良県農林部奈良の木ブランド課
吉野檜製材:吉田製材株式会社
浅い角度の「自由交叉」はこんなに鋭角な部分を残さなければなりません。これはまだ「※8 CNC加工機」では刻めません。それを家具大工の八文字雅昭さんにたった1人で刻んでもらえました。「鑿(のみ)」と「小刀」の技が冴えます。これをCNC加工機で刻めるようになれば数多の材で形成される木造形態が生み出せそうです。八文字さんが小刀を使っているのを見て、学生が5軸CNC加工機に小刀の動きをさせてこれを刻む研究開発をしました。まだラフで刻むのに時間がかかりますが期待感ある程度にはできました。
※8 コンピューター(Computerized Numerical Control)で数値制御する加工機能を備えた工作機械。
吉野ヒノキは木目が真っ直ぐ通っているので吉田製材株式会社によって3mm角で2mもの長さに挽いてもらうこともできました。高知県のひだか和紙有限会社で世界最薄の和紙「典具帖紙」が作られています。21 21 Design Sightで開催された「虫展」の展示作品「極薄和紙の巣」では、これらを使ってみることにしました。3mmの角材に挽いた「吉野ヒノキ」「国産ケヤキ」で作ったアザミの葉型の立体骨組を極薄の和紙で引き絞ります。引き絞ると骨組がベンディングアクティブと呼ばれる状態になり少し硬いモジュールになります。
極薄和紙の巣(2019)
監修:隈研吾
設計製作:東京大学佐藤淳研究室+SCI-Arc東京スタジオ
草木染め:佐藤千香子
和紙製造:ひだか和紙有限会社
吉野檜調達:中村光恵+藤井さこ/littlemedia、奈良県農林部奈良の木ブランド課
吉野檜製材:吉田製材株式会社
和紙は繊維が「水素結合」でくっついています。極薄なので濡らせばほぐれてしまうのに、草木染めアーティストの佐藤千香子さんに草木染めに成功してもらえました。モジュールを54個繋げると全長9m×高さ3.2mの「トビケラの巣」になりました。モジュール1つは100gしかありません。54個でもたった6kgです。
そして同じ材料を使ってどのぐらい高く到達できるかフランスの学生と一緒にワークショップ「Hanafubuki / Ballet de Pétales」で試してみました。3mmの角材は「しずく型」「波型」に滑らかにくねらせた骨組に組まれました。ここでも和紙が骨組を引き絞ります。4日間のワークショップで染める時間が足りないのでこのときは草木から抽出した色水をスプレーしました。そして屋内ではありますが高さ10mにも到達することができました。
Hanafubuki / Ballet de Pétales(2020)
設計製作:東京大学佐藤淳研究室+ENSA Paris Val de Seine
世界最薄の和紙、3mm角材で高さ10mに到達できた。
細やかな材が織り成す「軽量」な構造デザインは災害で壊れても中に居る人が死なない構造になる可能性を秘めています。屋根や床に充分に深いデプスを採り数多くの材で形成すれば建築スケールでもできそうです。自由な形状で「ナチュラル」な空間を追求することが、同時に「壊れても死なない」構造デザインの追求にもなっています。 木造はそんな構造の可能性に近い材料に感じます。