小泉 誠(こいずみ まこと)
家具デザイナー、武蔵野美術大学名誉教授、多摩美術大学客員教授
1960年東京生まれ。木工技術を習得した後、デザイナー原兆英と原成光に師事。1990年Koizumi Studio設立。2003年にデザインを伝える場として「こいずみ道具店」を開設。建築から箸置きまで生活に関わる全てのデザインを手がけ、現在は日本全国のものづくりの現場を駆け回り、地域との恊働を続けている。2015年には「一般社団法人わざわ座」を立ち上げ、手仕事の復権を目指す活動を開始。
受賞歴
毎日デザイン賞(2012)、日本クラフト展大賞(2015)、JIDデザインアワード大賞(2018)、IF DESIGN AWARD(2023) など国内外の受賞多数。
木婚式
日本のものづくりの現場を駆け巡っていますが、そもそも「ものづくり」とは、人が生きていく上で必要な道具をつくることから始まり、各々が得意な仕事につき、誇りを持って活き活きと仕事をしてきた歴史が数千年前から続いていました。それが60年程前の高度経済成長期に激変しました。経済の成長で給料も上がり職人の賃金も上がりました。その結果、ユーザーは安価な海外製品を選び、ものづくりの現場では海外製品に負けるなと「早く、沢山、安くつくれ!」となり、誇りを持った「仕事」が、誇りを捨てた「作業」に変わってしまい、日本のものづくりが衰退して産地が崩壊しました。そんな時代を経た今、現場を回って感じることが、多くの地域や産業で「つくりたい」ではなく「つくらされている」状況がまだまだ残っていることです。
このことは家をつくる大工さんも同じで、工場でプレカット加工された部材を現地で組み立て、既製品の窓や建具を組み立てるだけの「作業」になっているのです。ただ、住宅産業は他の産業と大きな違いがあります。家具や生活用品のメーカーは、自分達がつくった製品を誰が使うかわかりません。多くの産業がそのような仕組みになっていると思いますが、住宅産業は目の前にユーザーがいて顔が見える羨ましい産業なのです。そんな住宅産業でも職人が誇りを失い悶々としているということで、他産地で経験したことを生かして「つくりたい気持ちをつくる活動」をしようと心に決め、工務店仲間と「わざわ座」という活動を始めました。身近に触れる家具や建築パーツを大工がつくってユーザーに直接届けることで、作り手の喜びと責任が、使い手の信頼と愛着に変わるような活動を目指しています。
そんな「わざわ座」の仲間と、工務店と大工の特色を活かせる活動として「木婚式」を執り行ってみました。結婚して25年目の銀婚式や50年目に金婚式があるという話はよく耳にしますが、金や銀のほかにも、銅婚式や錫婚式と結婚記念日には毎年のように周年の式があります。面白いのは、金属の名前だけではなく紙・布・木・陶磁器などさまざまな「素材」の名前が使われて周年を祝っていることです。古くは日本書紀にも檜は宮殿に杉と楠は船に使いなさいと記され、日本では素材と生活がつながっていることが伺えますが、そんな素材を周年という時間の経過に当てはめたことがとても日本的で面白いのです。そこで、日々木を扱っている工務店が「木婚式」をできないかと考えた次第です。木婚式は5年の節目で、5年目というと子供も生まれ両親も元気で、結婚式を挙げない夫婦が増えている中、改めて家族と結婚式をしたいという人もいるようです。そして、工務店にはモデルルームがあり庭やキッチンもあるので、式典の場所にはうってつけです。
そんなこんなで、小さな子供のいる家族を祝う「木婚式」を執り行いました。当日はモデルルームの庭に集まって大工が祝詞をあげて、近隣の酒蔵の樽酒で鏡開きをして祝杯。ブーケは鉋屑をつかって友人が制作。その後、子供は年輪に見立てたブッシュドノエルケーキを祖母と工務店スタッフとでつくり、その横で主役夫妻は家具工場の端材でスプーンを作ります。最後にはそのスプーンを使って、子供たちが作ったケーキを家族みんなで食べるという流れで、全てに「木」をつかった思い出づくりです。木婚式は結婚式と違い夫婦が主役ではなく家族が主役になるところがとても良く、「木」という素材が、人が手を掛けられて肌身で感じることができるからこそ、体感という深い気持ちがつくられ、家族の大切なメモリアルになれたようです。