木のたてものがたり第4回目は東京都港区白金台にある瑞聖寺の庫裡です。
白金台の閑静な街並みに境内を構える瑞聖寺。1670年に創建された禅宗寺院の名刹です。2018年に隈研吾建築都市設計事務所の設計によって多目的な用途を持つ庫裡が建てられました。
今回のナビゲーターは建築家の松島潤平さんです。松島さんは隈研吾建築都市設計事務所に在籍経験があり、現在は北海道大学准教授として教鞭も取られています。
庫裡の紹介は本編の動画をご覧ください。
こちらのインタビュー記事では、元・隈事務所の中の人という視点から、木のたてものについて解説していただきました。
歴史的建造物と木のたてもの
― 隈研吾館長のジャンルはとても広いです。明治神宮ミュージアムや最近では青井の杜国宝記念館(青井阿蘇神社)が竣工しました。今回訪問した瑞聖寺も大雄寶殿(だいゆうほうでん)という国の重要文化財が鎮座しています。こうした歴史的建造物と同じ敷地内に建てられる現代の木のたてものはどのような意義を持つのでしょうか。
松島潤平さん(以下、松島) そもそも歴史的建造物と同じ構造や工法で新しく建造物を建てるのは基本的に不可能です。ならば同質の木を使えばよいかというと、耐火や建築を制約する法規がきびしくなっているので、歴史的建造物と木のたてものの取り合わせはむしろハードルが高いです。木でやるなら、つくり手に相応の知識や技術がないと実現は難しい。大きな覚悟とチャレンジ精神が必要ですよ(笑)。
逆にそれでも“木でやる”というのは、かつてない魅力があるとも言えます。つくり手はデザインと技術を駆使してハードルを一つひとつ乗り越えながら「こういうことができるんだ!」という驚きと発見を手に入れるでしょう。制約の多い歴史的建造物と軒を連ねる“木のたてもの”は、必然的に建築の発展に貢献する側面があると思います。
⽊に内包された建築の多様性
― 瑞聖寺庫裡をご覧になって隈館長の意図や工夫について改めて気づいたことはありますでしょうか。
松島 私が勤めていた2000年代の隈さんにとって「木」は数ある素材の一つに過ぎませんでした。木以外にも石や藁、和紙に土と、立地の背景にある地域特有の素材を使って建築の幅を面白く広げられていた。
やがて国全体で国産木材の重要性が高まってくると、隈さんはこれまでの「素材の多様性」から「木の多様性」に思いきり方向性を振った。たとえば木組みに構造耐力を持たせるとか。この「木に内包された建築の多様性」についてはその後の爆発的な展開力で多くの成果を結ばれています。
今回の庫裡でいえば、ジョイスト(垂木)に国産杉の無垢材を使ってらっしゃいますね。あれだけきれいな材を揃えるとは見事です。これだけの量と大きさならば、普通は集成材を使いますから。垂木を「見せる木」に仕立て上げているんです。そしてこの垂木の先端はバチッと断ち切られている。隈さんは根津美術館や明治神宮ミュージアムなどのようにテーパー加工によって軒先を薄くする操作を採用されることも多いのですが、瑞聖寺庫裡では 40×350 の太さのまま断ち切られた垂木がガラスの上に乗っている。木の即物的でソリッドな迫力がありますね。しかもその先端は防水加工に従来の歴史的建造物のような胡粉塗り(ごふんぬり)の木口処理をするのではなく、新しい半造膜系塗料を使って、敢えて伝統建築っぽく見えないようにしていると見受けられます。
隈さんはまだまだ新しいことを探して、見つけているんです。
教育の現場で関心が高まる木のたてもの
ー 話を変えます。北海道大学に赴任されました。木材の本場ともいえる北海道の教育現場において、木のたてものへの関心はどのようなものでしょうか。
松島 北大の就任をきっかけに3年前に北海道へ移住しました。北海道にはトドマツやエゾマツ、ミズナラといった「道産材」と呼ばれる地域木材が豊富にあります。木の多様性は樹種にもあると改めて実感しました。地域木材は、地域の誇りを人々に抱かせます。しかも利活用の効果は森林の循環だけではありません。流通がダイレクトかつシンプルになるので経済面でも地域に貢献します。
こうした北海道の背景があるからでしょうか。北大では木の建築に対する学生の意識が高まっています。専門課程に入る前の1年生ですでに「木の建築に関わりたい」と名乗りを上げる学生がいました。木質化した建築の教育課程として非常に高名なフィンランドのアアルト大学の「ウッドプログラム」に応募して留学する予定の学生もいます。少なくとも社会的意義は十分に浸透しているようです。
ただこういう木の風潮が何から何まで木という原理主義みたいになってくると野暮ったく感じます。建材は適材適所。他ならぬ隈さんが「木をいちばん活かせるのは木造じゃない」と思っているのではないでしょうか(笑)。各方面から称賛を得た馬頭広重美術館がまさに。つくり手はこうした冷静さも必要なんです。