腰原 幹雄(こしはら みきお)
1968年 千葉県生まれ
1992年 東京大学工学部建築学科卒業、2001年東京大学大学院博士課程修了、博士(工学)
構造設計集団〈SDG〉、東京大学大学院助手、生産技術研究所准教授を経て、2012年 東京大学生産技術研究所・教授
NPO team Timberize前理事長(理事)
構造の視点からさまざまな材料の可能性を追求中。
著書
「日本木造遺産」(世界文化社)(共著)、「都市木造のヴィジョンと技術」(オーム社)(共著)
「感覚と電卓でつくる現代木造住宅ガイド」(彰国社)
構造設計
下馬の集合住宅、幕張メッセペデストリアンブリッジ、八幡浜市立日土小学校耐震改修、油津運河夢見橋、金沢エムビルなど。
都市木造の実現に向けて
都市木造の実現に向けての課題は、構造、防耐火、居住性、耐久性である。
構造 高層化する建築では、当然、各部に生じる力は大きくなり、大きな断面の木部材が必要となる。大断面集成材や単板積層材(LVL※1)、近年の直交集成板(CLT※2)といった再構成材の登場によって、木構造は柱や梁のような線材だけでなく、これまで自然界では入手不可能だった厚くて大きい面材が使用可能になっている。東大寺大仏殿や清水寺の舞台の脚元のように骨太な木造建築によって都市木造は実現可能である。さらに、再構成材だけでなく、無垢の大径材を活用した都市木造の実現に向けた技術開発も進められている。
※1「LVL」: Laminated Veneer Lumber ※2「CLT」: Cross Laminated Timber
防耐火 燃える木を使って火災に対して安全にするという矛盾した課題であるが、木材がゆっくり燃える性質を活かして避難時間を稼ぐ準耐火構造の「燃えしろ設計」の技術から耐火建築での自然鎮火を前提とした「燃えどまり」の技術へと技術開発は進められている。
居住性 軽くて、柔らかい木構造は、地震時にはその特性が有利に働くが、遮音性や振動障害といった居住性にとっては、その特性がむしろ悪い方向に働いてしまう。従来の鉄骨造やRC造と同じ性能を満足させるには、重量を増し、建物を硬くしていかなければならない。
耐久性 木造建築は適切なメンテナンスを行えば長く使用することができることは伝統木造建築が証明している。しかし、メンテナンスを怠るとすぐに劣化してしまうのも事実である。都市木造も当然、メンテナンスを前提とした計画が必要になる。
都市木造に価値を生みだす
まだまだ技術的課題も多い都市木造ではあるが、まずは、木質材料を使いやすい部分から木造にしていけばよい。中高層木造に求められる構造性能は、支持する重量が大きくなる下層部程大きくなるので、要求性能の低い上層部を木造にするのが適しているとともに、木造による建物重量の軽減は、下層部の構造にも有利に働くことになる。
防耐火についても求められる要求性能は、上層階ほど低くなっているので上層階に木造を適用するのが有利である。だいぶ普及してきた木質系1時間耐火の技術を想定すると、上から4層がまずは、ターゲットになる。まだまだコストが高いのであれば、木造建築の魅力を使って付加価値をつける必要もあるだろう。建物の上層部に木材を使って特別な空間を創出すればよい。上層階に屋上庭園+木造ペントハウスであれば、木造部分の外壁のメンテナンスも容易になるだろう。
都市木造を受け入れる
「木造でも、鉄骨造やRC造と同じことができる。」ということを目指してきた木造建築の技術開発であるが、そのために木造建築の魅力を減らしてしまったのではないだろうか。「木造でもできる」から「木造だからできる」も目指さなければならないのではないだろうか。そのためには、建物の所有者、利用者の協力も必要である。建物に求められる要求性能の見直し、耐震性能や防耐火性能を低減することは難しいが、解決の方法の選択肢はあるのではないだろうか。上から4層が1時間耐火、5~14層が2時間耐火を要求されるが、木造で目標とする30m程度であれば、7,8階になる。ここがターゲットなら必要な耐火時間は少し減らすことができるだろう。欲張らずに木造で実現したい規模でできることを考えてみることが重要である。遮音性能は、どの程度必要か、振動障害はどこまで許容可能か。経年変化による色の変化や割れをどこまで許容するか。日常のメンテナンスを利用者でできないか。そうした工夫が建物への愛着を生み、長く大切に使おうと思うようになるのではないだろうか。
森林資源を使いまくる
都市木造が森林資源の有効活用であれば使用する木は、さまざまなものがよい。再構成材だけでなく、製材はもちろん、太い木、細い木、根曲がり材などの曲がった木、枝分かれした木、虫食いなどの被害木。こうした木を構造材だけでなく、仕上材、インフィル、建具、家具などにも活用しながら都市の中にどんどん木材を使っていこう。
木造都市の実現に期待
以前から、「都市木造をなぜ建てるのか」という問いをよくされるが、最近思うのは、まず初めに都市に木造建築が建つ違和感から日本の森林資源の状況を理解し、森林資源の活用に興味をもつきっかけとなること、その次に都市の中で木造建築が都市型建築の選択肢の一つとして当たり前になり、その結果、魅力的な木造都市が実現することを期待している。そのためには、木でつくることをあきらめた建物、木でつくれないと思っていた建物を現代の技術を用いて実現していきながら、木造らしさ、木造だからこそできる建築を見つけ出すことが大切である。
隈館長による解説
大学の建築構造を教えている先生は、抽象的な理論には強いけれども、現場に関わることはなく、現場をよく知らないというイメージがありましたが、腰原先生はそのイメージをくつがえしてくれました。
需要が高い都市部こそ、どんどん木を使おう、木造をどんどん建てようという指摘にはとても勇気付けられました。都市において木造が普通になり、見慣れたもの、当たり前のものになると、都市景観が変わるだけではなく、人間のライフスタイルもかわり、人間の考え方もかわると思います。コロナ後の世界のテーマは、コンクリートの「密」なハコから抜け出すこと。その受け皿としての都市木造に注目したいです。